So-net無料ブログ作成
検索選択
前の10件 | -

バッハは18歳にして年収450万円で「教会オルガニスト」に抜擢 [独断による音楽史]

皆さん、こんにちわ。「教会音楽とバッハの関係」と称し、
「バッハは信仰が厚かった」「信仰がバッハの音楽創造の源」等の
「常識」検証する、という罰当たりな事を始めました。

前回はバッハが少年期を「修道院付属学校」で過ごした事で、
「神学」はさておき「勤労奉仕」や「活動的な身体」という
「キリスト教精神に基づく心身」を培えたようだ、という結論を得ました。

今回は第三回目として、いよいよ音楽家としてのスタートを切る
青年期のバッハの「信仰」を伝記を参照に考えてみました。

最初の「就職」は地元の宮廷楽団のバイオリン奏者

「修道院付属学校」で音楽、一般教養、神学等の学問に加え、
「勤労奉仕の精神」と「活動的な身体」を習得した10代のバッハは、
今でいう「卒業」後、地元ワイマールの宮廷楽団にバイオリン奏者として
「就職」します

尤も当時「宮廷楽師への就職」は、現代の音大生が「競争に勝ち抜いて
念願のオーケストラ入団を果たす」という程にはめでたいものではなく、
現代で言えば「調理師学校卒業後に、志望したホテルのレストランに就職できた」
という程々のめでたさ、という所でしょう。

そもそも当時の音楽家(音楽職人と呼ぶべきか)は、
「特別に才能がある」とか「音楽が物凄く好きだ」からこの道に進む、
というものではなく、特殊な職能とはいえ、現代で言えば、
「家業の蕎麦屋さんを継ぐために修行をする」過程で成れる職業選択の一つでした。

バッハが「宮廷楽団のバイオリスト」に就職できたのも、
「才能に恵まれたから」という大袈裟なものではなく、
現代で言えば「調理師学校を卒業したからホテルのレストランに就職」し、
「見習い」として仕事を始めた、という程度でしょう。

半年後に「新しくできた教会のオルガニスト」に「転職スキルアップ」

晴れて「宮廷楽師」として「新社会人」としてスタートを切るバッハですが、
半年後に、アルンシュタットの新教会に新型オルガンが設置された、
と当時の「就職情報誌」に相当する「口コミ」で聞きつけ早速「転職」の面接に出かけます。

結果はバッハの圧倒的なオルガン演奏に満場一致で採用決定
教会のオルガニスト兼聖歌隊の指導者に「転職スキルアップ」。

「転職」で「年収が三倍」に!

「宮廷楽師」から「教会のオルガニスト」に「転職」したのは、
「信仰が暑いバッハは教会に居たかった」という説もありますが、
やはり「年収アップ」が理由でしょう。

社会システムが現代と異なるので貨幣の価値が異なりますが、
単純に現代の邦貨で換算し、前職の「宮廷楽師」が年収60万円程度、
対して「転職」後の「教会オルガニスト」が年収150万円程度。

恐らく、それぞれの数字を三倍にしたのが現代日本での貨幣価値に
相当すると思われますから、「宮廷楽士(見習い)」が年収150万円、
「教会オルガニスト」が一気に年収450万円に「転職アップ」。

これが当時18〜19歳のバッハの職と報酬ですが、
当時は12〜3歳位から「丁稚奉公」を始め18歳位で「親方」として独立した訳ですから、
当時の18歳は現代の28歳位に相当するでしょう。

つまり現代で例えれば、バッハは28歳の時に、
地元の小さなホテルのボーイさんだったのが、
大きなホテルのフロア・マネージャーに抜擢された、
それまでの三倍の450万円の年収になった、という所でしょう。

ちなみに「宮廷楽士」の給料は安い、という意味ではなく、
バッハがいわば「見習い」だったから僅かな報酬しか得れなかった訳で、
後に別な宮廷の「楽長」に就いた際には現代の貨幣価値で年収数千万円の待遇を得ます。

又、少年期から青年期にかけてのバッハは半年から数年に一度の割合が「転職」を繰り返しますが、
これは「職を転々とした」という意味ではなく、当時から近代に至る欧州では、
同業の中で腕を磨いてはより条件の良い職場へ変わっていく、というのが正常でした。


「見習い楽師」中に驚異的な進歩を遂げた少年バッハ

「修道院付属学校」を「卒業」して一年を経ず「若いが凄腕のオルガニスト」として
ブイブイ言わせ始めるバッハですが、ほんの半年前までは薄給の「見習い楽師」でした。

この辺りについて「伝記作者」は詳しく書きませんが、
バッハはモーッアルトのような「天才少年」ではなく、
最初の職である「宮廷楽師」の際も格別の待遇を受ける存在ではなかったようです。

にも関わらず僅かな期間で他を圧倒するオルガニストに成長し得たのは、
バッハに「才能があった」事は勿論ですが、少年期に兄からの受けた厳しい教育
(=職業訓練)も有効だった事と共に、やはり少年期の「修道院付属学校」で叩き込まれた
「精進努力」という「キリスト教精神」の実践の成果でしょう。

そういう意味でバッハは「信仰が厚い」人と言えますが、
現実のバッハは生涯に渡り、音楽上でも「素行(の悪さ)」の点でも、
教会から批判され続けます。

オルガン室に女性を引き込みクビ(?)に

若くしてアルンシュタットの教会オルガニストという誇らしい職に就いたバッハですが、
前述のごとく「より良い条件を求めて」という理由と、教会側との衝突が原因で、
三年を満たずして「転職」を余儀なくされます。

アルテンシュタットの教会がバッハと対立した理由を並べますと

1,オルガンを勝手に改造する。
2,休暇を過ぎても帰って来ない。
3,「不協和音と不揃いのリズム」のおかしな音楽を作曲する。
4,合唱団の指導がよくない。
5,素行(特に女性関係)が悪い。

等々挙げられます。

要するに教会の立場では、バッハは若くして才能はあるものの、
ワガママ放題で変な事を色々とやる、扱い難い困った人物だった、
と言えた訳です。

ところでバッハと言えば、音楽室の肖像画や荘厳な教会音楽から、
「真面目一方のお硬い人物」=「信仰が厚かった」とイメージされます。

にも関わらず伝記作家がここぞとばかりに書くように、
神聖な礼拝堂のオルガン室に女性を連れ込んで「お楽しみ」に耽った訳ですから、
「素行が悪い」と言いましょうか「ファンキーなオヤジ」ではなかったのか、
なんだかホッとするような逆のイメージを描いてしまいます。

実際、バッハに計20人の子供が生まれた(生存できたのは10人)事も、
バッハが「精力絶倫」ぶりと共に「ファンキーさ」の心証となり得ましょう。

更に拡大解釈し「バッハの信仰が厚かった」は嘘ではないか、
と言い出す人も出てくる始末です。

実際はどうだったのか?

そこで「オルガン室に女性を連れ込んでバッハはナニをやったのか?」

そのあたりについて「伝記」ではなく、
残された作品から調べてみましょう。

(つゞく)
リンクはグレン・グールドによるバッハの小品集。子供の時や初心者の時に習う曲です


J.S.バッハ:小プレリュードと小フーガ集 ほか(日本独自企画盤)

J.S.バッハ:小プレリュードと小フーガ集 ほか(日本独自企画盤)

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: SMJ
  • 発売日: 2016/12/07
  • メディア: CD



nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:資格・学び

「バッハの信仰が厚かった」は本当? 「修道院生」時代の少年バッハについて [独断による音楽史]

前回から「キリスト教音楽」の象徴ともいえるバッハについて書いています。

「バッハは信仰が厚かった」
「信仰が厚いから良い(教会)音楽が作曲できた」
というのが「常識」。

勿論、バッハの膨大な「教会音楽」作品の殆どが歴史的名曲である事は事実です。

或いはカール・リヒター率いるミュンヘン・バッハ管弦楽団と合唱団の演奏が、
僕のようなキリスト教信仰がない者までを「敬虔な気分」にさせるのは
彼等の「信仰が厚さ」が好影響している事を疑う要はありません。

しかし、よくよく考えてみれば信仰が厚い」とはどういう状態にある人を指すのか?

更に「信仰は音楽創造に反映するのか?」という根源的な疑問は残ります。

という訳でキリスト教の方からお叱りを頂きそうですが、
「先入観に執われずモノを観る」事は「ピアノやボーカルが上達するコツ」でもある訳で、
今回はバッハについての「常識」を検証してみましょう。

*******
「修道院付属学校の給費生」として過ごした少年期のバッハ

先ずは「バッハの信仰が厚かった」という「常識」を検証する手段として、
バッハの生涯を見つめましょう。

バッハは8歳の時に母を、10歳時に父を亡く、
音楽家だった兄に引き取られ、音楽の勉強に励みますが、
やがて地元の「修道院付属学校の給費生」となります。

この「修道院付属学校の給費生になった」という人生のスタートが、
「バッハの信仰が厚かった」根拠の一つとされます。

ところでキリスト教について復習すると、
キリスト教には、ローマ教会を頂点とする古くからの「カソリック」と、
バッハの少し前の時代にドイツ人ルターによって始まった「プロテスタント」とがあります。

「プロテスタント」は「カソリックに抗議する」という意味で、
同じキリスト教ながら教義が異なり、いわば犬猿の仲らしいです。
尚「プロテスタント」にはルター派、カルバン派、福音派等色々な流派があります。

バッハは「修道院」の付属学校で学びますが、
「修道院」があるのは「カソリック」のみ。

「プロテスタント」は「修道院」を持ちませんが、
少年期のバッハが住むザクセン地方はルター派は例外的に「修道院」か設けられます。

これはバッハにとって幸運な事といえましょう。

バッハの「勤勉」は修道院付属学校の影響?

ところで「修道院付属学校」時代のバッハですが、
「給費生」に選ばれる位だから、成績優秀で信仰も厚かった、
と想像しますが、実は少し事情が異なるようです。

当時の「給費生」は現代の「特待生」とは少し事情が異なり、
成績が優秀だから給費される、という訳ではなく、
大雑把にいえば「経済的事情で学費は払えない」がある程度以上の資質が認められれば、
誰でも「給費生」になれたようです。

つまり当時の「給費生」は衣食住や教育を保障されつつ、
修道院で労働する、いわば「下働き」に雇われた、といえなくもない立場でした。

とはいえバッハが「雑用係としてこき使わた不幸な少年時代を過ごした」訳ではありません。

「修道院付属学校」とは「キリスト教の精神に倣って祈りと労働のうちに共同生活をする施設*」
とされます。

言い換えれば学費を納めれる者も給付される者も、学業のみならず、
「勤労奉仕」こそが「重要な科目」であり、
学費を稼ぐためにアルバイトをした、という意味ではありません。

ふと思い出したのが関大徹という坊さんが「禅」について述べた
「食えなんだら食うな」という本を思い出しました。

僕達部外者は「禅」といえば座禅を組んで瞑想をする事が「修行」のように想像しますが、
そうではなく、廊下の拭き掃除から土木工事までこなす「作務」こそが「修行」だ、
という意味の事が書かれてありました。

これも厳密にいえば「キリスト教の修道院」にせよ「禅寺」にせよ、
義務感で嫌々やる、とか学費を稼ぐためにやる、とかは論外。

「しんどい労働を提供する」から「修行をしている」という意味ではなく、
「自分を高める為に労働する」もっと言えば「労働という高める為のチャンスを与えられた」
と感謝できる「精神を培う」事が「修行」だ、という事らしいです。

少年バッハの「修道院生としての成績」は不明ですが、
課せられた「徹底的に身体を動かす労働」に対しては、
「安い給料でこき使われた」とい被害者感覚ではなく、
「身体と行動力と精神力を培う」とか「神への奉仕になる」という
「キリスト教精神」を修得した事は確かです。

教会と揉め続けたバッハの生涯

バッハのキリスト教「信仰の暑さ」については、
次章で述べますが、生涯に渡り「教会」と揉め、
更に職業的な必要性からプロテスタント・ルター派、同カルバン派、
カソリックと「宗旨替え」します。

つまり教会からすれば「突出した有能な音楽家」である事は疑いがないにせよ、
何かと「反抗的」な扱い難い信者であったようです。

ならばバッハの「信仰の厚さ」は大したものではなかったのかと言えば、
「精進努力する事こそ神の心に適う」という考えの履行において、
強靭であった、と言える訳ですね。

おっと時間が来ました。次回はいよいよ教会のオルガニストとして頭角を現しつつも、
様ざまな「けしからぬ行為」等で教会とぶつかり始める青年期のバッハについて述べます。

つづく

PS リンクは関大徹著「食えなんだら食うな」

食えなんだら食うな―今こそ禅を生活に生かせ (1978年)

食えなんだら食うな―今こそ禅を生活に生かせ (1978年)

  • 作者: 関 大徹
  • 出版社/メーカー: 山手書房
  • 発売日: 1978/08
  • メディア: -



nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:資格・学び

「キリスト教」とバッハの関係 [独断による音楽史]

「教会音楽」の歴史的名曲が目白押しのバッハ

最近、僕の周辺に「クリスチャン」のが増えていて、
時々「キリスト教と音楽の関係」が話題に登ります。

僕自身は「クリスチャン」ではなく、教会に出かけた経験は、
学生時代に合唱団を手伝った位しかありませんが、
クラシックに限らずジャズも何かとキリスト教会と関わってきました。

ですからキリスト教の「宗教音楽(以下キリスト教音楽)」と呼ばれるジャンルが
存在する程ですが、皆さんは「キリスト教音楽」と聞い何を想い浮かべますか?

僕は「バッハのトッカートフーガ」のよなうオルガン曲や
「フォーレのレクイエム」のような合唱曲、
古くはペルコレージの「スタバトマーテル」、
新しくはオリビエ・メシアンの「世の終わりの為の四重奏」
なんてのを想い出しますがいかがですか?

「キリスト教音楽」の作曲家も沢山いますが、
やはり「巨匠」を一人あげるとすればバッハにトドメがさされます。

バッハにはオルガン曲やカンタータ、「マタイ受難曲」や「ロ短調ミサ」他
「キリスト教音楽の歴史的名曲」が目白押しにあります。

音楽的にも凄いが「宗教的」にも凄いのがバッハの「教会音楽」

バッハの「教会音楽」の凄いのは、キリスト教の信仰がなくても、
バッハの「教会音楽」を熱烈愛好する、という音楽ファンが沢山いる点でしょう。

僕にした所で、カール・リヒター率いるミュンヘン・バッハ管弦楽団/合唱団による
「マタイ受難曲」等を聴きますと、音楽的にも感動しますが、
何やら「敬虔な気持ち」になる訳で「キリスト教信仰」がほんの少しは芽生えてしまう訳で、
バッハ音楽の「キリスト布教」の「威力」はバツグンですね。

https://youtu.be/pf4UNJqv_-A(リヒターの「マタイ受難曲」の動画)

では、この「威力」はどこから来るのか?
やはり「信仰」の力なのか?

バッハは「信仰が厚かった」は本当?

バッハについては紐解くと「バッハは信仰が厚かった」と書かれてあります。

少年期を「修道院の付属学校」を成績優秀の給費生として過ごし、
最初の「就職」もその教会のオルガニストならば、
最終職も聖トマス教会の学長と付属音楽学校の校長。

何かしら教会と関わり、
生涯に人間業とは思わない程の量と高い質の
「教会音楽」を作曲しています。

「音楽家のキリスト信仰」で思い出すのが前述のカール・リヒター。

リヒターは戦後東西分裂したドイツにて「バッハの教会音楽」の至高を目指して
ミュンヘン・バッハ管弦楽団を設立。バッハ演奏では世界一ともいえる指揮者、
チェンバロ、オルガニストであり「バッハ研究」でも世界一。

戦前のドイツで生まれ、何と二百年前にバッハが校長を務めた聖トーマス教会の
付属音楽学校で学びます。しかも成績優秀だったリヒターは、卒業後、
二百年前にバッハ同様に同教会のオルガニスト職に就きます。

ところで「ミュンヘン・バッハ管弦楽団」によるカンタータやミサが、
深い精神的感動を呼び起こすのは、管弦楽団の演奏技術が高い事もありますが、
合唱団について、選抜の条件として、プロに限らず、声が良いとか、歌が上手とか以上に
「信仰の深さ」が求められているからだ、とも言われています。

https://youtu.be/c80yKlT4A74 (リヒターの伝記。合唱団の練習シーンあり)

バッハ音楽の崇高さの理由の一つが「信仰の厚さ」にある事は間違いありませんが、
しかし「信仰」と「音楽創造/演奏」はどう関わっているるのか?
と聞かれると実はよく分からないのですね。

そもそも「信仰が厚い」と言われているバッハですが、
音楽については、教会側から当時の感覚としては「俗っぽい」とか、
「不協和音や攻撃的なリズムが多すぎる」とかのクレームが続出。

長老との喧嘩が絶えず、とはいえ、それが「音楽進化の必然」として許されるとして、
音楽室のバッハの肖像画の「厳しさ」とは逆に、若い頃のバッハは、
礼拝堂のオルガン室に女性を連れ込み、「お楽しみに耽り」教会から叱責される等、
むしろ松山千春のようなトンデモ人物だったと記録されています。

まぁ「ファンキー」な面が見えてくるのは微笑ましい(?)として、
そもそも本当にバッハは「信仰の厚かった」のか、という疑問も感じてしまいます。

キリスト信仰がバッハの創造性に与えた影響とは?

という訳で前置きが長くなりましたが、
バッハは「キリスト教音楽」に如何に関わったのか?
或いはバッハのキリスト信仰が音楽創造にどのように影響したのか?

その辺りを「先入観」に捉われず、史実と作品から解析する事で、
新たな「真実」を迫ってみたくなりました。

題して僕の独断による「キリスト教」とバッハの関係について、
お話しましょう。

つづく

PS リンクは「カール・リヒター マタイ受難曲」抜粋

バッハ:マタイ受難曲(抜粋)

バッハ:マタイ受難曲(抜粋)

  • アーティスト: リヒター(カール),バッハ,ミュンヘン・バッハ管弦楽団
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック
  • 発売日: 2015/05/20
  • メディア: CD



nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:資格・学び

アート・テイタムのようにピアノを弾きたい! [チャールストン倶楽部]

みなさん、こんにちわ。最近は「短文」はFaceBook、動画は「You-tube」に投稿するせいか、
どうも本ブログは書かないまま、と言う月日が流れてしまいます。

ただFace Bookは「僕には合わないな」と最近感じてしまうのは、
「変にハマってしまう」から。

色々と「ネット友(?)」ができ、スマホで興味ある話を交換(投稿)していると、
あっという間に通勤や出張の往復時間なぞ潰れてしまいます。

他の人のように、それ以外の時間は仕事や勉強に熱中していならば、
通勤時間くらいナニをやろうが他人の迷惑にならない限り自由ですが、
僕のように、日中もうつらうつらと働いてるのか昼寝してるのか分からない生活をしてますと、
むしろ「通勤時間帯」位仕事なり勉強しなければ、となります。

その時間がFBに奪われてしまいますと、結局、一日中何もしてない「ニート」と
変わらないので、相変わらず身勝手ながらFBは「仕事の広報」の為に「発信のみ」と割り切りましたが、
どうせ「発信」ならば長文が書きたいのが僕の性分です。

よく「原稿用紙3枚で」とか「十分間のスピーチ」とか頼まれるのですが、
大抵「原稿用紙」三枚の筈が10枚を軽く越し、十分間の筈が30位の話になり、
だからと言って有り難がられのでなく、迷惑がられるのは、
先方の都合もさる事ながら、実際の中身は「現雇用紙一枚」「3分で収まる話」の
内容しかないからでしょう。

関係ない話から入り、関係ない話に飛び、関係ない話で終わる、という
代わりにまとめる人が苦労するのが、僕の文章であり、実際の話ですが、
これは言い訳すれば「ジャズ即興」を生業にしている事が関係するのかも知れません。

とは言っても、マイルス・デイピスとかビル・エバンスとかは、
話したって、ビシーっと最低限の言葉で深い話をキメるのは、
即興演奏でもものすごく密度の高い事をやっているからでしょう。

よくネットの上では「雄弁」というか、チマチマとしつこいメールや書き込みを
「傲慢な調子」でする癖に、いざ会うと物凄く腰が低く、どころか何を聞いても「はいー」
としか言わず会話が成立しない人がいて面食らいますが、その点、僕は、
ネットの文章も長いが、実際もかの田中真紀子センセイのごとく、
めちゃくちゃな内容で、且つ長時間話すから、ネットのリアルの人物像はずれてないでしょう。

うちの周辺にいる人では、最近、一緒に演奏できるようになった(歌が進歩したので)
G子さんが、これ又、よく喋る。二人で「会話」しだすと「下手な漫才」みたいに
機関銃のごとくに喋ります。

僕は子供の頃から青年期にかけて、
自分では「口下手」で「無口」な人だと思ってたし、
実際、そうだったのですが、海外生活が始まって以来、
どうもペラペラまくし立てる癖が止まらなくなり、
色々と失敗する事が続きます。
(その話は別な機械に)

それでも自分の「理想像」は、
人間性でも音楽性でも「坂本龍一」さんのごとく、
クールで、無口だが一言一言が重く深い、というタイプになる事。

少なく共、音楽的には、ある時期まで、そういう事を目指していたし、
自分なりに達成とは言えぬにせよ、ある程度はできた、と思います。

それでライブなりコンサートなりをする訳ですが、
終わってからボサーっと突っ立っていると、気の毒がってくださるのか、
もしかして僕の音楽に興味があるのか話しかけてくれる人がいます。

そういう場合は五分くらいは音楽のイメージにあう自分を「演出」できるのですが、
意気投合する、とか打ち上げになるとイケません。
いい気になると、つい、全然期待されない、違う方向の変な話を機関銃のごとくに
まくし立てる方向のスイッチが入ってしまい、一人だけ楽しい、という困った自体に陥ります。

かと言って「不機嫌」な時は極めて無愛想何ですけど。

それはともかく、どうも自分は、いわば「モノクローム」で「クール」な
音楽と人間性を目指して来たけど、そもそも人間性がそうではないから、
音楽も本当はそうではないのではないか、と思い始める訳です。

それで非常に艶やかで華やかではあるけれど「メチャクチャ」ではない
オスカー・ピーターソンのピアノを「自分の演奏スタイル」の「お手本」と選択し、
そういう方向に自分の演奏わ変えて行きました。

そうすると、今までの「クールな音楽」というのは、
どうも自分にとって「性同一性障」のごとくに「音楽と人間性同一性障害」だったのではないか、
と思えて来ました。それが40歳も過ぎた頃かな。ちょっと親しい、というか知ってる女の子が
レゲエが好きで極彩色の服を来てたりしたのも無意識のうちに影響されたのかも。

それで「クール」で「現代的」な音楽から、「ロマチック」で「感情豊かな」音楽に
切り替え、かと言って音楽なんて「感覚一発」では決してできる訳でなく、
支えるための知識や技術を習得するにつれ、少しつづですが、自分のピアノも
進歩して来ました。

その頃、ボーカルュピアの弾き語り)も始めましたが、
当初はマイクに向かって歌うだけでも恥ずかしかったが、
次第にズウズウしくはなりましたが、いざ録音して聴くと
これが全然ダメ。

という訳で四十も半ばになりましたが、
本格的にボーカルの勉強を始める訳です。

幸か不幸か職業柄、毎日毎日、朝から晩まで、
歌っている訳せいか50歳をコスあたりから、
漸く声も出て来た。

最早、五十も半ばですけど、五年前と比べると、
自分自身はドーッと歳をとってヨレヨレだけど、
ピアノとかボーカルは進歩している訳ですね。

とはいえ、すでにピル・エバンスやなんかが亡くなって年齢になっている訳で、
これは「晩年」ではないか、とふと気づく訳です。

何かかの加減で「伝記を書かれた場合(勿論、そんな確率はぜろですが)」、
今の五十半ばという年齢を「晩年」と言えるかもしれません。

「晩年の藤井はこれこれした」なんて書かれるかも。

なんてバカな話をしてても仕方ない。

それで五十の手習いと言いますか研究課題が、
1930年代に若くして「最初の全盛期」を迎える
ジャズピアノの父、とか「巨匠」と呼ばれるのが
「アート・テイタム」。

超然技法のジャズピアニスト。当時どころか
なくなる1950年代になると殆どのピアニストは、
テイタムが来ると黙って席を降りたのは、
テイタムのスタイルが何十年も先を行ってたのと、
やはり「超絶技法」のピアノテクニックと編曲技法故でしょう。

そんな訳でテイタムが実際に演奏したのを採譜した所で、
そんなもの弾ける筈がありませんが、
実はテイタムが「民生用」に楽譜に残したのが色々とあります。

実は最近「晩年」に達した僕が「お手本」にば閉めたのが
正にこの人「アート・テイタム」。

これはアート・テイタムの自筆譜を含む「編曲もの」。
10分難しい編曲ですが、実は「物凄くシンプル」に「簡素」にした
「民生用」が入っているのが、この本。

「晩年の藤井はテイタムの勉強に没頭した」と言われるようにならねばなりません。

とはいえ私のお薦めがリンクの本。

テイタムに限らずテディ・ウィルさんやフアッツ・ワーラー本人の楽譜が掲載されてします。




The World's Best Piano Arrangements: For Intermediate to Advanced Piano

The World's Best Piano Arrangements: For Intermediate to Advanced Piano

  • 出版社/メーカー: Alfred Music
  • 発売日: 1991/09/25
  • メディア: Kindle版



nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:資格・学び

Cafe Jazzってなに?大阪梅田KPS音楽教室の内容1 [音楽スタイル]

大阪梅田にある「Cafe Jazz」専門の音楽教室です。

というのが「どんな教室ですか?」とウチ(Kimball Piano Salon)
について尋ねられた時の僕の答えなんです。

「なるほどCafe Jazzですか」
「はい,Cafe Jazzなんです」

分かったような,分からない会話で互いに納得しますが,
「Cafe Jazzとは何か?」という定義は音楽業界(?)にもなく、
双方が勝手にイメージしてるだけなんです。

ちなみに「うちはCafe Jazzの教室です」と申しましたが、
「Lounge Jazz」と称するスタイルも提唱しています。

「Cafe Jazz」にせよ「Lounge Jazz」にせよ、
どこかで聞いた名称だか何なのかよく判らない、と感じられましたか?

逆に言えば「Cafe Jazz」や「Lounge Jazz」とは何か?をご理解頂ければ、
Kimball Piano Salon)の特色もご理解して頂けますね。

という訳で以前から本ブログをお読み頂いている方には何度か繰り返した話題となりますが、
今日は「Cafe Jazz とは何か?」というお話をしましょう。
(Lounge Jazzは次回)


Cafe Jazz =「カフェ・ミュージック」の一種

「Cafe Jazzはカフェ・ミュージックの一種です」と言っても、
そもそも「カフェ・ミュージック」自体が、分かったような分からない言葉なんですね。

ところで「カフェ・ミュージック」にも定義がないと思ってたら、
僕がプロデュースするカフェの音楽を「カフェ・ミュージック」と呼ぶ事は、
「カフェ・ミュージックの定義」に反するからおかしい、と文句を付けられた事がありました。

つけた人は家中CDだらけ、雑誌等から得た知識が極めて豊富、かと言って職業音楽関係者ではない、
という「オタク男性」でしたが、親切心から教えて下さるには、

*「カフェ・ミュージック」とは「DJ某氏が始めた」音楽のスタイル、との事。

従ってDJ某氏と無関係な僕店が「カフェ・ミュージック」を名乗るのは間違っている,
との理屈でした。

僕はDJ某氏のお名前やどんな「音楽編集」をされておられるのか知りませんが、
沢山のヒトが絶賛する位だから、「いい仕事」をされておられ、と思います。

ではDJ某氏による「Cafe Music」のコンピュレーションCDを、
僕がプロデュースするお店でBGMとして流せば最良の効果を得れるのか、
といえば多分違うだろうな、とも思います。

「カフェのプロデュース」と言っても、僕の店ではないから、
オーナーさんの「好み」や経営陣が求める「営業効果」が枠組みとなります。

「営業効果」とは音楽によって「豪華な雰囲気になった」「スタッフの動きが活発になった」
等の「過程」ではなく、ずばり「売り上げが上がる」に尽きます。

これも勘違いされ易いのですが、
「カフェやブティックのBGM」については、
お店のスタッフの夫々が「自分が好きなCD」や「ヒットしているCD」
を鳴らせば済むような気もしますが、話はそう単純ではないのです。

いくらスタッフがカレーが好きだから、と言っても、
スパゲティーを食べに来たお客さんに勝手に出す訳にはいかない、という簡単に理由もありますが、
実は「カフェやブティックのBGM」は単に「雰囲気をよくする」だけでなく、
「客席の流れを作る」という「商業効果」も問われます。

では「軽快な曲」「にぎやかな曲」を常に流せばいいのか、といえば、
なるほどスタッフの動きはよくなるかも知れませんが、
お客さんの側では単にウルサイだけ、むしろBGMに負けないような大声で
話すから単に落ち着かない店になるだけ。

では「静かなバラード」を小音量で流せばいいのか、といえば、
よほど暇なバーはともかく、それなりにお客さんがいる店だと、
なにやら間が抜けた感じになり、顧客満足感の低下を招きましょう。

結局、メニュー、お客さんが食べる速度、時間帯による混み具合、
客層、照明等のを計算して「BGM」をプログラムせねば、
お店の「売り上げ=顧客満足度」があがらない、という結果になります。

僕が「ピアノ生演奏」する場合、客席では、男声(男性の声)が多いのか、
女声が多いのか、何割の席が埋まっているのか、スタッフの稼働率はどうか等で、
メロディーやアドリブを弾く音域がオクターブ変わったり、
曲の調、テンポ、編曲等を変えます。

時々、ボーカルのヒトと一緒に演奏しますが、
僕がリハーサルと全然違うテンポや雰囲気で弾くので、
「わがまま勝手に弾く伴奏者」と思われてしまいますが、
そうではなく「客席の状況と同期させる」事で
ボーカルの価値を高めている訳です。

「Cafe Jazz」はともかく「Lounge Jazz」なんて言えば、
「ゆったり寛いで頂き、もう一杯飲んで頂く」だけ、と思われるかも知れませんが、
「今のお客さんには帰って貰い、待っている次のお客さんに座って貰う」という「回転」
を要求される場合もあり、これが至難の業。

アップテンポでウルサク演奏すれば、単にウルサク会話するので落ち着かないので
「二度と来るか!」と思われたり、会話が困難になるので「回転」が落ちたり。

「充分に寛げた。話もなぜか弾んだ。音楽も良かった。満足したからボチボチ帰るかな」
と実際には短時間で腰を上げて頂く等の矛盾した要素を満たすのが、
少なくとも僕が「Cafe Jazz」や「Lounge Jazz」としてカフェ等の商業空間の
プロデュースをお請けする場合の職能でしょう。

話が脱線しましたが、冒頭の「DJ某氏によるカフェ・ミュージック」も素晴らしいものでしょうが、
それを僕関係のカフェやラウンジに持ってきても必ずしもベストでない。

「DJ某氏」の「カフェ・ミュージック」はあくまで「DJ某氏のカフェ」でのみ
最良の「カフェ・ミュージック」だと言い切れるでしょう。

むしろ「どんなカフェか?」が問題

おっと「Cafe Musicとは何か?」というお話でした。

何の事はない、そのカフェでBGMやライブとして用いられる音楽が、
そのカフェにとっての「カフェ・ミュージック」になる、という屁理屈みたいな解答になりました。

まぁ「売上げの向上」はこちらの職能としてさて置き、
「どんなカフェ・ミュージック」は結局「その店がどんなカフェなのか?」
という点に尽きます。

まぁ「カフェ」と言うだけで、何となく「お店の雰囲気」がイメージされますね。

テレビが付けっぱなしで、カウンターに座った競馬新聞を読んでるおじさんが
ライスカレーを食べているようなお店は、例え店名が「カフェ何々」でも『カフェ』
とは呼ばず「喫茶店」と呼ぶのが日本の慣わしのようです。

法的には珈琲等の飲物とサンドイッチやカレー程度の軽食のみの店が「喫茶店」
ランチやアルコール類があるのが「飲食店」で、いわゆる『カフェ』は「飲食店」となります。

従って法的にはスタバは「喫茶店」、
お昼の定食と競馬新聞がある設置された「純喫茶」は「飲食店」となります。
(注、実はスタバやマクドは「喫茶店」でもなく、飲食物の販売店であり、
購入した客が店内の空間で食べている、という法解釈な筈。)

そんな法律上の扱いは別として、一般的な感覚ではメニューではなく
「雰囲気」の違いが「喫茶店」と『カフェ』の違いでしょう。

ちなみにカウンターに座って、遅いお昼として「ライスカレー」と食後の珈琲を摂りつつ、
隣で競馬新聞を読んでいるオジサンと並んで、店のママさんをカラカイながら、
僕がこのブログを僕が書いている、ここ「カフェ・モンパルナス」は「喫茶店」でしょうけど…。

という訳で、僕達の「Cafe Jazz」は「Cafe Music」の一種ですが、
そもそも僕達なりに想定した「Cafe」の空間がある、という事になります。

では、どういう「Cafe」を僕達は想定しているのか?

という「Cafe論」に続いてします。(以下、次回に続く)


PS リンクはビクターの「Lounge Jazz」CD


JAZZ ELEGANCE~オーガニック・ヴォーカル

JAZZ ELEGANCE~オーガニック・ヴォーカル

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: ビクターエンタテインメント
  • 発売日: 2013/09/04
  • メディア: CD



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:資格・学び

今年も「チャールストン」「Lounge Music 」「Shizen」の三体制で展開します! [Kimball Piano Salon]

遅くなりましたが、新年おめでとうございます。皆さん、如何お過ごしですか?

僕の方は、このブログこそ長らく休止しておりましたが、
実際の「活動」は相変わらず続いておりました。

ただ「発信」は、このブログから遠ざかり、
「一見は百聞にしかず」と「You-tube」での動画公開が中心となり、
思いつきはFace-bookで短文を書く、と具合に落ち着きました。

ちなみに「You-tubeで発信する」と称しても、僕の場合は、
固定したカメラを回しっぱなしで録画したレッスンやリハーサル風景を、
編集等は一切せず、適当なコメントを添えてアップロードするだけ、というルーズなもの。

元々は僕達が自分のレッスンやリハーサルを後から観直す為に録画したに過ぎない、
第三者には「何をやっているのかよく判らない」筈の動画にも関わらず、
内容を察さられるらしく、レッスンやビジネスのお申し出を頂くことが増えました。

「動画」としてはルーズなものですが、僕達が提唱している「Lounge Jazz」や
「チャールストンRag」みたいなスタイルのピアノやボーカルに興味がある、とか、
「うちで演奏して欲しい」とか思う人が広い世間には結構おられるのだ、と認識した次第。

結局、動画自体は「カメラを回しっぱなし録画した」だけの代物ですが、
ちょっとコメントを沿え、連絡先も明記する事で、「広報」の役割は果たせるようになりました。

従ってプログの「広報」としての役割が減少したな、と。

*ブログを発信基地にしよう!

「広報」目的ならば「You-Tube」とFace-bookで賄えるので、
ブログは不要ですが、個人的には思わぬところで障害が出てきました。

僕の職業は「音樂講師」や「演奏者」ですが、
誇大表現すれば「経営者」でもあり、
滅多に仕事が入りませんが(汗)「ディレクター」でもあります。

僕は「演奏者」としてはジャズ系だから、
「一段譜」だけ持参し、ピアノで「即興」すれば済むようなものですが、
「編曲」担当でもあるので「伴奏」用のスコア(ベース、ギター、ストリングス等)を
書かねばなりません。

幸か不幸か、うちの「ジャズピアノ/ボーカル科」のレッスンで用いるのカラオケ伴奏は、
全て僕が制作しており、僕がサボるとレッスンのレパートリーが増えないので、
否応なしに「編曲」作業をする必要があります。

大した事をやる訳ではありませんが、二十年近くこんな事を続けていますと、
それなりに熟練し、五線紙に向かうと自動書記の如く、
ハーモニーやら各パートやらが書き込まれる「手」に成ります。

「音楽講師」としてはレッスン現場では「適応な事を喋り」、
前述の如く、それを「録画」にすれば「広報」も賄えるものの、
その都度、書き付けたり、喋ったりするだけでは不便なのと、
出版社とも関わっているので、原稿として固定した「教則本」にまとめる事も求められます。

或いは、リー・エバンスや、ジュディ・カーマイケル等の海外のメソッドの国内紹介も業務とする関係、
翻訳に加え、日本人向けの解説本も書かねばなりません。

ついでに言えば「ディレクター」稼業とは、
何かを依頼されて始める場合もありますが、
頼まれてもないのに勝手に「企画提案」を持っていく、
というか「頼まれる」事が最大の仕事とさえいえる訳で、
何かと「プレゼンテーション」資料を作らねばなりません。

蛇足ながら「プレゼンテーション」とやらは、
僕の場合、「手書きでサインペンで紙に大きく書く」を数ページ、
後は「気合」で話す、というアバウトなものですが、
話が進みようであれば、逆に細かい資料が必要となります。

結局、「編曲」以外は何かとパソコンに向かって、
最低A4三ページの文章をどんどん量産せねばならない筈が、
「ブログ書き」を止めて以来、億劫になり、仕事にも悪影響が出始めました。

それ故、どうも常日頃からパソコンに向かい何ページかの文章を
書く習慣を維持した方がいいのではないか、というのが一点。

それと共に、そもそもブログを書き始めたのは、
音樂教室&事務所の「広報」目的ではなく、
自分が想っている事を書き表す、というか整理する為でありまして、
それには「つぶやき」ではなく、何ページかの文章にするべきだ、というのが一点。

更にFace-BookやYou-tubeとのリンクが可能なので、
短文や動画だけではなく、このブログに先に文章として書いた方が
もし興味を持って下さる方が現れた場合に便利だろう、という事が一点。

以上の三点で「昨年までは分散していた発信基地をこのブログを基地としてまとめる」
のが何かと良い、という結論になりました。

という訳で勝手を申しますが、本年もこのブログをよろしくお願いします!

今年も「チャールストン倶楽部」「Lounge Music Project」「Shizen」の三体制で

おっと肝心な事を忘れていました。

Kimball Piano Salonは今年も上記の三体制で音楽振興を進めます!

ご存知のごとくウチ(Kimball Piano Salon)は「体制」を云々する程の人員も場所も予算もない、
極めて小さなスタジオ&スクールですが、一口に「ジャズボーカル」と呼べど十人十色で、
夫々ビミューにスタイルが異なる訳で、どうしても幾つかのグループに分ける必要が生じます。

基本的には「カフェ・ジャズ」とか「ラウンジ・ジャズ」とか呼び、
互いに「こんな雰囲気のジャズのスタイルだ」と漠然と共用するイメージがありますが、
突っ込んでいけば、更に分類できてしまいます。

例えば「チャールストン倶楽部」では1920~40年代の「レトロなスゥイング・ジャズ」を志向する、
と称していますが、いざレッスンとして、きちんと学ぶ場合、同じ1920年代の「ストライド・ピアノ」でも
シカゴ(ニューオリンズ)スタイルとニューヨーク(ハーレム)スタイルでは相当に違う訳で、
ましてや1930年代、1940年代と「年代」が異なれば音楽理論さえ異なってきます。

僕自身は色々なスタイルがごちゃ混ぜになり、且つ自分式の再構築を経て、
いわば「自分のスタイル」というものを持つ訳ですが、正式にレッスンする場合は、
僕のスタイルをお教えしても仕方なく、原型である「ハーレム・ストライド」とか
「スゥイング・スタイル」「バップ」等を個別に学習して貰う事になります。

或いはウチが時々主催する「カフェライブ」なんぞも、
今後は外部のプロ/アマ・ミュージシャンの方もご参加頂ければ、
と願いますが、漠然と「ジャズ」と呼びかけると相当に異なるサウンドが鳴り響く場合もあります。

勿論、グループごとにガラっと雰囲気が変わるから聴いてて楽しめる、という場合もありますが、
ウチの場合は「エンタティメント」という面と共に「音樂研究/教室」という面もありますから、
例えば「ニューオリンス・ジャズな人、集まれ!」とある程度、似た者に集まって頂きたい訳ですね。

但し、うちの根本的な考え方として、あくまで「勉強」という観点では、
ニューオリンズなりハーレム・ストライドなりブルースならを「正統的な方法」ができるように
習得して頂きたいのですが、「エンタティメント」つまり「仕上げて発信」という場合は、
むしろ夫々の感覚も加え、矛盾するようですが「ジャズ畑」のおじさん相手ではなく、
普通にJ-Popしか聴いた事がないような「民間人(笑)」が楽しめるよう、
総体としては「高級なポップス」という枠組みに流し込みたい、というのがあります。

専門家に聴いて頂くと「ジャズとしてちゃんとした技術と知識の上に成立している」となるが、
ケーキ屋さんみたいな場所に突然出てきて「ジャズなんか聴いた事もない」人でも
聴いて楽しめる、まぁ上から目線でいえば、これをキッカケにジャズに関心を持って貰えるような
音樂をご提供したい、というのが根本的考え方。

それ故、専門的には特定のスタイルに基づいているが、
全体として「カフェ・ミュージック」やら「ラウンジ・ミュージック」に収まる音樂として

1,チャールストン倶楽部

・チャールストンRag
・シャノワールSwing

2, Lounge Music Project
・ビンテージSwing他

3,Shizen

・Kids Jazz
・ひばりジャズ
・Salon Classic

という具合に独自の「スタイル名」をつけて夫々で展開する次第です。
おっと時間が来ました。続きは次回。

PS リンクは「チャールストン倶楽部」で展開する「シャノワールSwing」の新しいピアノ教材。

米国の「ストライドピアノ」の人気ピアニストで教育家でもあるジュディ・カーマイケルさんの教本。
中級以上対象



Judy Carmichael You Can Play Authentic Stride Piano: Piano Solos

Judy Carmichael You Can Play Authentic Stride Piano: Piano Solos

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: Alfred Pub Co
  • 発売日: 2011/04
  • メディア: ペーパーバック



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:資格・学び

NYに行かなくったって、ジャズのリズム感は日本で修得できます! [レッスン]

名古屋在住の祥子さんという女性から頂いた
「Swing感覚を身に着けるにはどうすればいいか?」
というご質問への回答を前回から書き始めました。

尤も例によって僕が前回の続きを直ぐに書けない中、
祥子さんから「追記」メールが届いたりもしました。、

…少し日が空きましたので話を復習しましょう。

祥子さんは現在のお仕事は「ピアノ講師」ですが、
元はジャズ専門学校に通い、ジャズピアニストを目指したそうですが、
自分のジャズに確証を持つに至らなかった事もあり一旦「ジャズの道」を断念。

やはり、ジャズをやりたくなり、ピアノ講師職の傍ら、
知人の「ニューヨークでの十年の修行」をされたプロのベース奏者の方と
時々一緒に演奏するそう。
ジャズ演奏するそう。

問題は、ベース奏者さんから「リズム感」について「駄目出し」をされるのは致し方ないとして、
「日本に住んでいてはジャズは理解できない!」と生活を根本的に変えねばならないような話も頂、
今後どうしたものか?と途方にくれておられる、との事。

ちにもにベース奏者さんが祥子さんに指摘というか「駄目だし」したのは下記の部分。

ニューヨーク帰りのベース奏者さんが指摘した事く

・日本人には「Swing(ジャズのリズム感)」は理解できない。

・「Swing(ジャズのリズム感)」は学べるものではない。

・「Swing」を修得しようと思ったら、自分(ベース奏者さん)のようにNYに住み、
 黒人ミュージシャンとのセッションを重ねないと駄目だ。

こういう話はよく聞きますよねぇ。

ちなみに祥子さんかせ「追記」として下さったのも上記に関しての話。


゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛゛ある日本人ピアニストのNY体験(祥子さんのメールより転載)

あるジャズピアニスト男性が書いた日記を読みました。音楽以外の勉強でアメリカの大学に入り、仕送りの少ない彼は毎日芸術学部室に入り浸り、ピアノの練習をしているうちに地元の貧乏黒人ミュージシャンの友達がたくさんでき、演奏活動をして絆が生まれたそう。その時、黒人の痛み、悩み、叫びをたくさん聞いて音楽に対する姿勢が変わったと。ジャズは遊びではなく生活に根ざしており音楽だけは白人も取り上げることはできないし、自由に自分を表現する唯一のものだからそれがなくなることなど有り得ないと。ジャズの生まれた経緯を知ると自分の気持ちも変わると。でも彼らには、君は帰るところがあるからいいよな、と言われたそうです。

*****************************************:
もう、こうなったらNYに住み、黒人ミュージシャンとセッションを重ねない限り、
「ジャズの習得」は不可能になってしまいます。

僕も、この話について「ホンマでしゃろか?」と聞かれる事がままありますが…。

それについては、僕は真偽を語れる程には「NYジャズ生活を」を識っている訳でもなく、
そもそも「NYなんか行かんでもエエよ、ウチに来てくれたら」という立場で教室を営む以上、
今ひとつ公明な話はできないかも知れません。

(尤もNYとは全く縁がない、かといえば、NY州立大学のLee Evans教授の「ジャズメソッド」普及や、
「チャーリー・パーカー時代からの名ピアニストであるバリー・ハリス&三上クニ氏による
「NYスタイルジャズピアノ」教程普及ま日本代表(?)的もやっていますが…。)

だけども、何が何でも「NYに行き」「黒人ミュージシャンとセッション」を重ねないと、
「ジャズピアノの修得は不可能だ」という考え方には賛同できないのも確かです。

そういえば、前回は「Swing」という事場自体が、、
「Swing Jazz」「スウィングしている」「ジャズのリズム感」の三つの意味がある
という事をお話すると共に、それらは相互に関っており、次回は、その一つ一つについて
ご説明しましょぅ、という話で「続き」に持ち込んだ経験があります。

それで、実際、「Swingの三つの意味」を今日はお話する心積もりですが、
よくよく考えてみればね更に大きな問題があったな、と気づいた次第。

つまり「何が何でもNYに住まねばならない」「絶対に黒人と魂の交流」をやらなれば、
「ジャズ」はできない、という一種の「伝説」を打ち破る事が先決かな、と気づきました。

*****
おっと、又しても時間切れとなりました。

この続きは又、明日にでも。又、引き続きお読み下さいませ。

PS, リンクは僕が12才のと時から好きだったバリー・ハリスのレコード。

Kimball Piano Salon 音楽教室主宰 藤井一成

COMPLETE LIVE IN TOKYO 1976

COMPLETE LIVE IN TOKYO 1976

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: JAZZ LIPS
  • 発売日: 2009/04/30
  • メディア: CD



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:資格・学び

ジャズのリズム感を学びたい、というご質問を頂ました。梅田Kimball 音楽教室 [レッスン]

皆さん、こんにちわ。ブログの更新は止まったままでしたが、以前の記事を読まれ、
僕の教室へのお問い合わせやご意見・ご質問を頂く事は時々ありました。

今日も祥子さんという方から「ジャズのリズム感」についてのご質問を頂きました。

たまたま更新最中の(といっても相当以前から取り掛かってはいますが)ホームページでも
「リズム感」について述べるべき原稿を書いておりまして、ジャストタイミングという訳で、
久々に祥子さんからの質問メールと回答をここで公開させて頂く事にしました。

先ずは公開の許可を頂いた祥子さんからのメール(プライバシーに関る部分等は削除)から。

******************************************************************
はじめまして。わたしは名古屋に住むピアノ弾きの40代女性で祥子と申します。

最近一番気にしているのが「Swingするにはどうすれば良いか」で、
あなたの書いている「ドンパン節」の記事を読んで自分の知りたいことがわかりました。

日本人のジャズと黒人のジャズには明らかな違いがあり、
同じように演奏することは叶わないかもしれませんが、どうしても知りたい世界なのです。

わたしはクラシックピアノを小学生から高校生までやり、ジャズの専門学校に2年通いましたが、
ジャズ無理と思い、ポピュラー・ピアノ講師を生業に選び、ジャズから逃げました。

でも3年前ジャズ熱が蘇り、意を決して一から学び始めました。

まだアマチュアと演奏することが多く、プロの仲間になるには腕前が不十分ですが、
とにかくなんとか脱皮してステップアップしたいのです。

そんな折、昔NYに10年住み、デビューを果たして日本に帰って来たベーシストに出会い、
図々しくも演奏させて頂いています。

彼は「NYに行かなければ何も理解はできないしジャズはできない。
swingするかしないか、それが全てで、日本でできる者はいない」とハッキリ言います。

確かにそうかもしれませんが、現実的にNYに住むのは無理なので解決の糸口を探しています。

自分ではまずフレージングやイントネーションが違うと感じます。

また、ドラムとベースに対してどうノるか、リズムの捉え方も間違えているかもしれません。

とにかくswingできるようになることがわたしの望みです。教えて頂けませんでしょうか?

祥子

*********************************************
以下、僕(藤井)の回答

祥子様

メールをありがとうございました。

実は僕の教室(大阪梅田にあるKimball Piano Salon)のホームページを更新する事になり、
その中で「ジャズのノリ」について述べるべく原稿を書いていた所でした。

ご質問と関係ない話になりますが、HPの更新は、一年前位に既に「Sould out」状態に陥り、
生徒さんの新規ご入に対応できなくなっていたのが、最近、ボーカルのRumiさん、
ピアノのトモさん他が講師陣に加わり、キャパが増えたので、現金な話ですが、
再び「生徒募集」しよう、という魂胆が一つ。、

もう一つは「KPS音楽教室」として「発信」という程ではありませんが,
思い付くままにお話ししてきた事…今回のご質問である「ジャズリズム」についても…
をHPに文章としてまとめておくと、何かと便利だ、という気持ちになりました。

という話はさて置き,ご質問の「どうすればSwingできるよにうなるのか?」ですが,
その前に,そもそも「Swing」とは何か?という部分を明確にしておきましょう。

三つの意味がある「Swing」という言葉

実は「Swing」には下記三種の意味があります。

1,「スゥイングジャズ」というスタイル
2,「スウィングしている」という状態
3,「スゥイング」=「ジャズのリズム感」

ご教示されたベーシストさんは3「ジャズ・リズム」という意味で「Swing」を使われたようですし、
祥子様も「どうすればSwing感=ジャズリズムを学べますか?」というご質問でした。

一般に「Swing」は、別な意味を持つ三種類の言葉、として用いられる訳で、
祥子様も「スゥイングジャズの事なんか別に知りたい訳ではない」し、
「スゥイングしている=ノッてる、なんか教えて貰わなくても分かる」と思われるかも知れません。

しかし僕は三つは互いに関係があると考えています。

日本の「ジャズ界(?)」では「スゥイングジャズ」の事はあまり関心が払われないし、
精神的な意味での「スゥイングする」について今ひとつ考えていないようです。

よって「どうすればSwingできますか?」という祥子様からのご質問とは一見遠くなりますが、
そもそも「Swingの三つの意味」」とは何か?についてご説明しましょう。

先ずは
1, Swing Jazzという「音楽様式」
について。

つづく

大阪梅田芸術劇場北向かい Kimball Piano Salon 音楽教室主宰 藤井一成
http://www016.upp.so-net.ne.jp/kimball/Kimball_Piano_Salon
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:資格・学び

「子供」にも「大人」にもお奨めの「チャールストン・ラグ」スタイルのジャズ  [チャールストン倶楽部]

前回「子供」にも「大人」にもお奨め「ジャズピアノの教材として、
リー・エバンスの「Jazzpizza」やマーサー・ミアーの「Jazz, Rag &Bluese」等の
「ジャズ・スタイル」ピアノ曲集を推薦しました。

僕自身の「ジャズピアノ教室」で大阪梅田「Kimball Piano Salon/チャールストン倶楽部」では、
「モダンジャズ」の巨匠であるバリー・ハリス氏のメソッドや僕独自の
「コンテンポラリー・ジャズ」のメソッドによるレッスンも展開していますが、
大部分の生徒さんには、前述の「Jazz, Rag and Blues」シリーズ等を
課題曲として練習して頂いてます。

これは僕の所が「ジャズピアノ教室」としては特殊にも
「クラシックピアノの経験はあるが、ジャズ経験は全くない」という音楽歴の生徒さんが
多い、という特殊事情も一因です。

しかし、日本で「ジャズ」を意味する「メインストリーム・ジャズ(=1950~60年代のモダンジャズ)」の
スタイルでライブハウスでガンガンとセッションする「現役ミュージシャン」の生徒さんにも、
同じようにマーサー・ミアー等を課題曲として与えます。

このマーサー・ミアーやギロック等の「ニューオリンズ・ジャズ」は、
現在の主流である「メインストリーム・ジャズ」とはスタイルが相当に異なります。

最早、これを「ジャズ教室」の教材として弾かせるのは日本では異端に近い発想となりますが、
皆さん、結構、楽しんで弾かれます。

なぜ「メインストリーム・ジャズ」ではなく、ずっと古いスタイルの、
僕達が「チャールストン・ラグ」と名づけてたスタイルを学んで頂くのか?

これ一にも二にも「チャールストン・ラグ」スタイルの1920年代の
「ラグタイム」や「ブギ」等こそ、後年の「名ストリーム・ジャズ」や
或いはロックやポップスの「基礎」になっているからです。

勿論、最終的には「メインストリーム」だろうが「コンテンポラリー」だろうが「フュージョン」だろうが
お好きなスタイルで演奏できるようになって頂きたいものですが、
「基礎」としては1920年代の「チャールストン・ラグ」が最適だと思います。

今日は、その辺りのお話をしましょう。

「チャールストン・ラグ」=1920~30年代の「初期ジャズ」のピアノ音楽スタイル

ところで先にお話ししとななければならないのは「チャールストン・ラグ」というのは、
僕達の造語であり、他では通用しない言葉ですが、1920~30年代の
「ニューオリンズ・ジャズ」や「ティンパン・アレス」等の
「初期ジャズ」のスタイルを表します。

ちなみに日本では「ジャズ」というば「メインストリーム・ジャズ」と呼ばれる
1950~60年代の「ハード・バップ」「モーダル・ジャズ」を指します。

実は日本の「ジャズミュージシャン」は1940年代以前、
つまり第二次世界大戦以前の「スゥイング」等の「オールド・スタイル」、
「ニューオリンズ・ジャズ」や「ラグタイム」等の「初期ジャズ」について殆どしりません。

クラシックピアノを志す人でバッハのような「バロック派」やベートーヴェンのような「古典派」を
学ば、ショパンのような「ロマン派」やドビッシーのような「近代派」のみに挑む人は例外でしょうが、
「ジャズ」においては、あり得ない事が常態と化してしまってまいす。

何を隠そう、僕自身が「メインストリート・ジャズ」については学び、且つ、
教えてもいましたが、「オールド・スタイン」や「初期ジャズ」については
殆ど何も知らず、いざ弾きたいと思っても手も足も出ない程に弾けなかった、
という苦い想い出を有します。

ところで「チャールストン・ラグ」ですが、1920年代頃の
「初期ジャズ」や更に古い「ラグタイム」やブギブギ等を
総称して呼んでいます。
(これらのスタイルの夫々については又の機会にお話ししましょう。)


「チャールストン・ラグ」はソロピアノで完結できる

ところで「チャールストン・ラグ」を学ぶのは「メインストリーム・ジャズ」のみならず、
ロックやポップスの「基礎」になるからですが、もう一つの理由として、
「弾いて楽しい!」という点を見逃せません。

僕も今でこそ1920~30年代のスタイルを基調とする「チャールストン・ラグ」や
1940~50年代スタイルによる「エレガンス・スウィング」を提唱していますが、
元々は「Lounge Jazz」のピアノ奏者や音楽ディレクターでした。

この「Lounge Jazz」というのも定義がはっきりしない、
つまりは僕達の「Lounge Jazz」は僕達による造語なのですが、
これは今提唱している「Elegance Swing」とほぼ同じ意味、
つまりはナット・キング・コール・トリオのようなスタイルを主としていました。

ちなみに蛇足ですが、僕達の「Lounge Jazz」と、
ホステスさんがいるような「ラウンジ」やらファミレスで演奏される
安請け合いの「BGM演奏」とは全く異質のものです。

「会話の邪魔になってはならない」からと弱いタッチで曖昧に弾き、
音楽理論も理解せず、ワンパターンか聞覚えのフレーズをつなげるだけの演奏が
「ラウンジのBGM演奏」。

僕達のはホテルだかカフェバーだかで演奏する前提から、
絶対的な音量の制約があるにせよ、しっかりした明瞭のタッチで弾き、
「ライブパフォーマンス」としての演奏をします。

勿論、。完全な「ジャズ」のハーモニーや編曲、即興の技能の習得を絶対とします。

又「Lounge jazz」は前述のように「ラウンジのBGM」とは全く異質ですが、
「ライブハウスでセッション」する「メインストリーム・ジャズとも異なります。

一番の違いは、僕自身の「Lounge Jazz」の場合、
僕自身はピアノや弾き語りをステージでするとして、
「伴奏」は予算とスペースの関係上、生身のギターリストやベーシストではなく、
KORG等の「自動版キーボード」をギターやベース、ドラム等の代用に用います。

つまりは「バーチャルなジャズ・トリオ」を再現します。

それで僕の中では「演奏」とは、
自動伴奏キーボードにせよ、ベースやギター等が「伴奏」を用いての
グランドピアノを弾く、というスタイルとなり、「ソロピアノ」では「完結」できなくなりました。

それはそれで結構ですし、未だにこのスタイルではありますが、
例えば小さなカフェで、アップライトピアノ一台で演奏してくれ、とか、
友人の宅でのミニパーティーに出向いたら、余興に電子ピアノ一台で演奏してくれ、
と言われでも「完結」した演奏ができない、となりました。

これは無愛想に断るのは悪いなぁ、という問題も生じますが、
むしろ「ピアノ一台だけでは完結した演奏ができない」というのはつくづく不便だな、
と考え始めました。

結局出会ったのが1920~30年代の「チャールストン・ラグ」スタイルのピアノ演奏。

左手でベースラインととコードを交互に弾く、という技法、
つまり「ストライドピアノ奏法」がこの時代の演奏の特徴ですが、
とにかく一台と完結できるのが重宝!

尤も実際にやってみると、♭13thや♯11th等のハイテンションコードは使わないから
一見シンプルに見えますが、特に左手が物凄く難しい。というか、
当初は全然弾けませんでした。

とはいう少し筒弾けてきますと、これがかなかな楽しいのです。


という訳で「チャールストン・ラグ」スタイルのピアノを
皆様にお奨めする次第です。 つづく

大阪梅田 Kimball Piano Salon /チャールストン倶楽部音楽教室 主宰 藤井一成

PS リンクは「ストライドピアノ・ハノン」。

℡0705-436-5371 http://www016.upちp.so-net.ne.jp/kimball/Kimball_Piano_Salon
大阪梅田芸術劇場北向かい

チャールストン・ラグ・スタイルとエレガンス・スゥイング・スタイルによるジャズ科
ピアノとボーカル、弾き語り。生徒募集中!


Stride Hanon: 50 Exercises for the Beginning to Professional Pianist

Stride Hanon: 50 Exercises for the Beginning to Professional Pianist

  • 作者: Peter Deneff
  • 出版社/メーカー: Musicians Inst Pr
  • 発売日: 2006/04/14
  • メディア: ペーパーバック



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:資格・学び

[ジャズピアノ曲集」 子供にも大人にもお薦めできシリーズ 大阪梅田Kimball PS [レッスン]

前々回から伊丹市で[子供へのジャズ教育」に取組まれる優子さんと
オンライン会議する「理想的な子供へのジャズ教育」についてお話ししています。

実は僕自身は[子供へのレッスン」自体あまり経験がありませんし、
唯一の経験から「子供と大人では全然勝手が違うなぁ」と認識した程度の関りです。

尤もよく考えると「ジャズ教育に子供も大人もない」とも言える訳で、
懲りずに、こうして「子供へのジャズ教育」についてガサゴサと動いている次第です。

ところで「ジャズ教育に子供も大人もない」とは申しましたが、
[子供」には向かない曲集や教材というものもあります。

僕が「子供へのジャズ教育」について必ずしも積極的ではなかったのは、
「ジャズなぞ弾かせると(クラシックピアノ学習が)くずれる!」なぞという迷信からではなく、
「子供には向かない一部のジャズ」があるからです。

という訳で今日は「子供に合う教材」というテーマでお話ししましょう。

「ジャズ名曲」は子供には向かない!

簡単にいえば「ジャズ・スタンダード名曲」の類は「子供」には向きません。
そもそも「モダン・ジャズ」自体が「子供」には向かない、と思います。

よく「大人」向けのジャズ初心者向け教材として、
ベースとドラム等の「ジャズピアノ・トリオ」の形態で、
「枯葉」や「いそしぎ」等の「スタンダード名曲」を弾かせるような教材やレッスンがあります。

勿論、これが「大人」対象であれば何の問題もありませんが、
「子供」には向かないのは、ずばり言って「スタンダード名曲」の殆どが
「悲しみの表現」を基調としているからです。

上智大学教授の渡部昇一氏も著書[知的生活の方法」の中で、
[子供には暗い感情表現は与えるな」つまりつまりはハッピーエンドで終わる、
強く、優しい正義の味方が悪を征伐するような話が良い、というような内容を述べられています。

そういう意味では「ジャズ・スタンダード名曲」は「暗い」訳で、
ジワジワと「子供」の心の発育に悪影響を与える可能性大です。

逆に「大人」向きで「悲しみ」や「やるせなさ」等の「暗い感情」がない音楽、
というのはおかしく、それを聴いたからといって「大人」の精神が病む、という事はありえません。

では「子供に合うジャズ曲集」とはどんなものか?という話ですね。


「リサとガスパール」ような「ジャズ曲集」をさがす

ところで「ジャズ曲集」に限らず、日本では「子供向き」の絵本や音楽として、
とんでもない悪いものが少なからず出回ってます。

実は良い「子供向け」の音楽や本は「大人」が観ても楽しめるものでなくてはなりません。

まぁ、日本人は「お子さまオバサン」みたいなのが少なくないから、
「子供っぽい」ものを年齢的には成人の人が楽しむ、というケースが少なくありません。

そもそも「大人の楽しみ」なんていうとロクなものがない。

僕は良いものとして「リサとガスパール」や「ピーター・ラビット」等の
ヨーロッパの絵本を思い浮べます。

「子供」や「大人」の健全な情緒の発育に良い絵本の条件

・自然界の色
・創造する力を高める
・芸術性と品格を持つ事

僕にいわせればディズニーも駄目、ハロー・キティも駄目なのは、
色が「自然界」にない「人口着色料」的なものだから。

「創造する力」というのは、例えば文字の絵本で読んで、
「小人はどんな顔をしてるのかなぁ」なんと疑問が出て、
自分で何かをイメージできる事を継続でできる訳です。

だからディズニーのように全てを単純な表情で固定させてしまうものは駄目なんです。

それでも、まぁディズニーが許せるのは、それなりに品格があるからですが、
サンリオのハローキティやリラクマは「芸術性」は皆無な上、品格もないから、
まぁ「大人」が楽しむのは良いとして、「子供」には与えるべきではないでしょう。

ちなみに書店にいけば日本の「絵本」も色々と出版されていますが、
言葉と絵の両方が良いもの、というのは結構少なくて、
新実南吉の「ごんぎつね」など世界に誇れるレベルだと思いますが、
現代になる程、良いのが少ないのが困った事態です。

「子供」にも「大人」にも楽しめる「ジャズピアノ曲集」

それで「子供」も「大人」も楽しめる「リサとガスパール」というか
「マザー・グース」的なジャズスタイルのピアノ曲集ですが、
僕の手元にある中でいえば下記がお薦め。

リー・エバンス(輸入版)

・Jazzmatazz
・Razzle Dazzle
・Kid Stuff: Jazz for Kids of All Ages他

マーサー・ミアー
国内版
・ピアノジャズ・タイム

輸入版
Jazz, Rags & Blues:シリーズ

ギロック
・ジャズスタイル・ピアノ曲集

中村菊子監修
・ラーニングトゥプレイ ロックリズムラグタイム

バスティン
・スコット・ジョプリンのお気に入り

等色々ありますが、僕自身の教室では、
リー・エバンスとマーサー・ミアーが「大人」も含めベーシック用教材として重用してます。

それはともかく、僕がセレクトした「子供も大人も楽しめる」ジャズピアノ曲集には、
ある共通した特徴があります。

それは何か?といえば、実は「ジャズ」はジャズでも、日本で「ジャズ」を指す
「モダンジャズ」ではなく、Kimball Piano Salon /チャールストン倶楽部が推進している
「チャールストン・ラグ」スタイル、つまりは1920~30年代の「ニューオリンズ・ジャズ」や
「ストライド・ピアノ」のスタイルで作編曲された、という事にお気づきになるかと思います。

「チャールストン倶楽部」でやっているから我田引水的にこれがいい、
と言ってる訳ではなく、「子供にも大人にも楽しめる」からこういうスタイルを
「チャールストン倶楽部」を立ち上げてやっている訳です。

という次第でして、次回は、この「チャールストン・ラグ」について
お話ししましょう。

つづく

PS リンクはマーサー・ミアーの「Jazz, Rags & Blues」

Kimball Piano Salon /チャールストン倶楽部音楽教室 代表 藤井一成

大阪梅田芸術劇場北向かい I&F梅田ビル705 ℡ 0705-436-5371

ジャズピアノ/ボーカル/弾き語り他生徒募集中!

http://www016.upp.so-net.ne.jp/kimball/Kimball_Piano_Salon
Jazz, Rags & Blues for Two, Book 2: 6 Original Duets for Intermediate Pianists

Jazz, Rags & Blues for Two, Book 2: 6 Original Duets for Intermediate Pianists

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: Alfred Pub Co
  • 発売日: 2003/02
  • メディア: ペーパーバック



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:資格・学び
前の10件 | -