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「愛情物語」をEデューチンとCキャバレロで聴き比べ/ラウンジミュージック講座6-2 [Lounge Music Project]

「ラウンジミュージック」ピアニストの雄, カーメン・キャバレロの師匠格が,日本では殆ど知られていないが国際的には有名なエディ・デューチンである事は前回お話しました。

いわゆる「キャバレロ・スタイル(奏法/編曲法)の根幹はデューチンが創ったものであった,という点もお話しました。

ではキャバレロとデューチンのスタイルはどう違うのか?

これは,あまり専門的な話しは文章では伝え難いので今回はパスするとして(やがて僕がピアノ弾きつつ説明する映像を公開します),大雑把にいえば「ピアノ自体は,デューチンもキャバレロも同じ」と言えます。

敢えて言えば,デューチンが控えめに使った「決め技」をキャバレロは連発する,という事と,キャバレロは空間に隙間を作らず,音で埋め尽くしたがる,という違いはあります。しかし基本的には同じでしょぅ。

むしろ違いは1930〜40年代に活躍してデューチンと,デューチンと入れ替わるように1940年代にデビューし,1956年の映画「愛情物語」の大ヒットでスターとしての活躍を1950〜70年代に行ったキャバレロとでは,「オーケストラやバントの伴奏」がかなり異なる点てを上げれます。

デューチンは1920年代頃から流行り始めた「ラグタイム」や「ブキブキ」等のオールドスタイルや1930年式の「スウィング」スタイルを用います。

対してキャバレロは戦前の「スウィング」も使えば,50年代の「ビ・バップ」のスタイルを使い,更に「ラテン」や後年は「ポップス風ビート」迄を用います。

とはいえ夫々の「全盛期」としてデューチンは「1930年代のスウィング」,キャバレロは「1950年代のビ・バップ」を基盤とします。

実は「スウィング」の方が伴奏バンドによる「リズムの突き上げむが強く,そこにピアノをからめいはまうのがデューチン楽団です。

対してキャバレロは1940年以後「バップ」様式が用いられ,ドラムやベース等によるリズムの突き上げは大きなく,曲線的で柔らかいものとなります。ピアノ自体は「ジャズ」だと,ドラムやベースのリズムに突き刺さるようにリズムを明確にしますが,キャバレロの場合は,アルペジオ等を使い,音数は多いもの,大きなウネリを創るに留めます。

僕は二人の違いとして気になったのは,編曲的な部分でなく,「表現」が異なる,と思いました。

以前,聴いて頂きましたが,再びキャバレロの演奏を聴いて頂きます。

まず映画「愛情物語」のサントラ版による「to Love again」です。

http://youtu.be/AukVGIL0QCw

割合に控えめというか,ピアノ技法も全開ではなく,華麗な部分は局所に留まります。

次は後年に録音されたキャバレロ自身のアルバムとして創られたものです。

http://youtu.be/s7mhWMC0QKs

実は,これこそがキャバレロの代表的演奏といえる,華麗な演奏と豪華なオーケストラを伴うものです。緊張感を伴う,迫ってくるような演奏です。確かにキャバレロのベスト演奏の一つといえましょう。

対してデューチン自身が録音したもので,勿論「愛情物語」という映画ができる前で「My Twilight Dream」というタイトルになっています。

http://youtu.be/2LR_jqS2A_Q

如何ですか?キャバレロと比べると控えめで,良き悪しきはともかくキャバレロのサントラ版に近い演奏といえます。

ついでに,もう一つ聴いて頂きましょう。

キャバレロが70年代に来日した際のコンサートの映像です。

http://youtu.be/PkZ5pSNV79E

相変わらず迫ってくるものはありますが,正直な所,技法的にはかなり衰えたな,と感じます。
尤も,若い時の録音や映像は,かなりの編集が入っているだろうから,そのまま信じる訳にはいきませんが…。又,映像でみていても,日本にあったスタインウェイの調整や整音が悪く,いかにも弾き難そうだし,音も伸びず,観ていて気の毒ですから,キャバレロとしては不本意な演奏かも知れません。

それにしてもピアニストとしては,そう高齢な訳でもなく,別に引退してた訳でもないのに,技術的に荒れたように思えます。

想像ですが,1950年代にスターとなり,クラシックの当時のスーハースター,ヴアン・クライバーンと同様に,「超絶技法」で弾きまくり,観客を圧倒する,という立場を余儀なくされてしまった事で,かえって手を痛めたのではないか,と。

1950年代の米国というのは,想像を絶するような巨大な力を持つ世界一の大国でした。
(当時は米国とソ連こそが世界を分割する大国でした。)

巨大な経済力を背景に,政治的にも世界一巨大,科学技術や工業生産でもとんでもなく巨大でした。

比喩的な話しですが,当時,世界一の高級車とは米国のキャデラックであり,ドイツのベンツといえどSクラスといえどキャデラックのV12エンジンの精々半分程度のパワーしかなく,かろうじて輸出できた日本のクラウンなぞ,パワーがなさ過ぎて「米国の高速道路で合流できず,一日中,入口に留っている」と揶揄されたいわば軽自動車扱いでした。

クルマの出力イコール国力とは言えませんが,工業生産力のバロメーターといえなくもなく,イメージとしては米国の半分位がドイツ,日本は一割もない,という所でした。

正に「強いアメリカを象徴するのがヴァン・クライバーンであり,カーメン・キャバレロであった訳ですが,1960年代に入り,米国がベトナム戦争で負け始め,「強いアメリカ」という価値観自体が崩壊し始めると,クライバーンやキャバレロ迄は失速し始めます。

これも蛇足ですが,クライバーンと同時期に全米デビューしたクラシックのピアニスト,グレン・グールドや,ピル・エバンスを配した柔らかいジャズを創り始めたマイルス・デイビスは,「強いアメリカ」と反する「内向的な心の世界」を表現します。

話しを戻してエディ・デューチンのピアノですが,1930年代という時代ではありますが,さして「強いアメリカ」という威圧感は感じられず,グレン・グールドやマイルス・デイビスのような「内省的な表現」に向かいます。

実は「スゥイング・ジャズ」で大成功したグレン・ミラーと同じ頃にエディ・デューチンはなくなりますが,グレン・ミラーは本人こそ亡くなれどバンドは残り,戦後の進駐軍と共に日本に乗り込み,日本人の心をとらえます。

対してデューチンは進駐軍が普及させたような気配がありません。

これも想像に過ぎませんが,グレン・ミラーは軍楽隊を兼ねていた訳で,いわば「繊維高揚」バンドであったに対し,エディ・デューチンは,なんだが戦争するのが嫌になるような,ゆったりした,耽美的な音楽です。

そういうのは戦中の「戦意高揚」にも向かねば,戦後の「占領推進」にも向かず,或は,キャバレロが担わされたような「強いアメリカのシンボル」的役割にも不向きです。

でも,それ故に,デューチンの音楽は今の時代にぴったり来ると思いませんか?
The Eddy Duchin Story/Eddy Duchin Remembered

The Eddy Duchin Story/Eddy Duchin Remembered

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Fine & Mellow
  • 発売日: 2007/11/05
  • メディア: CD



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キロリ

こんにちは。
心温まる思いと当時を想像し映像として入ってきました。
初めて見る解釈でしたが今後の自分に影響を与えてくれそうです。
とてもナイス!だと思いました☆
ありがとうございます。
by キロリ (2012-05-26 09:13) 

kf-jazzy

こんにちわ,キロリさん。レスが遅くなって失礼しました。
実はコメントのチェックを全然して来なかったのです。
デューティンの音楽はとても興味深いですよ。
又,何か情報があれば教えて下さい。
by kf-jazzy (2012-07-04 19:06) 

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