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ジャズ和声でドビッシー/ラベルを学ぶ方法 [Kimball Piano Salon]

さて「松平頼朝先生著/近代和声学」が崇高な名著である事は何度も申し上げた通りです。

ならば「ドビッシーを理解したい」というTさんの場合,「音友/和声全三巻」を終了された,との事ですし,松平先生著「近代和声学」を学ぶ事で決まり,かと言えば「一寸待って!」とも言えます。

理想的には「松平/近代和声学」を学ばれる事でしょう。なんならば私がお教えてしても構いません。

又,これとも予めお断りしておきますが,仮に私の元に「ジャズ和声」を習いに来られたとしても,
実際には「松平/近代和声学」的な「過程」を採ります。

且,果たして,いきなりご懸案の「ドビッシー」を分析するかどうかは定かではありません。

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ドビッシー等の「フランス近代音楽」が「楽曲分析」しずらいのは,
日本で「機能和声」と呼ばれる「音友/和声学」等の「クラシック和声」の理論と矛盾する事が少なくないからです。

これは,私の先輩(ただし作曲専攻ではない)の話ですが,日本の現代作曲家である三善晃先生の音楽が好きで好きで「楽曲分析」しようとしたものの,どうも「何故,こういう和音ができたのか?」分析できない。

それで某音大作曲教授の元を訪れ質問した所「きみぃ,これは感性だよ,感性!。理屈と関係なく音を並べているんだよ。(だからフランス音楽は嫌いだ,という意味)」との事。

それで釈然としないまま後輩であり,クラシックの作曲なぞ二十年位やってない「ラウンジ・ジャズ・ピアニスト」として有名(でもない)私の元を訪れ,件の楽譜を見せてくれました。

すると音大ではどう仕様もない劣等生だった僕が,ちらっと一目見ただけで「あぁ,こりゃあGオルタード・スケールですよ」とからくりを見破ったので先輩は腰を抜かします。

「ヘェー,ジャズ理論だと直ぐに解決できるんや!」と感心すると共に,
「しかし俺はジャズ理論は仕方ないからなぁ。オルタード・スケールなんてのも知らないし…」
と言い訳を始めましたので,僕は言ってやりました。

「何言ってんですか! オルタード・スケールは別名ラベル音階ともいい,ラベルが発見した方法ですよ」というのでズブズブと堅い木の椅子に沈み込んだ次第でしたので,逆に僕が驚きました。

(その先輩は作曲としては専門でないし,優秀でもないので,その人を基準にして考えて駄目ですが),
どうもクラシックの世界では「和声学」は19世紀の音楽辺り迄で,ドビッシー以後の音楽については
対応してません。

音大作曲科にいけば,ドビッシー等の「フランス近代音楽」は必修ですが,
上記の教授のみならず他の教授も,優秀な先輩方も「クラシック和声」では割り切れない部分は,
「フランス人は理論を無視して,感性で変な和音進行をさせるるなぁ」と納得します。

しかし「ジャズ理論〜ジャズ和声」を習得してから「フランス近代音楽」を分析すると,
「ちゃんと理論整然と作られている」事が分かるし,まかり間違っても「感性でき適当に作った」訳ではない,とも分かります。

日本のクラシック作曲家(というか先生や生徒)が得てして「フランス近代音楽」を特に専門的には学ばないのは,むしろ「更に進んだ」現代音楽の習得に忙しいからでしょう。

勿論「現代音楽」は「感性」だけでやる訳ではなく,少し異なる理論体系での作曲を行う関係,
丁度,「フランス音楽」は浮き上がってしまうのでしょう。

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別に「ジャズ和声」が「クラシックの近代和声学」より優れている,という事ありませんが,
「基礎」からの体系が確立されています。

別に難しい事をやっている訳ではありませんが,「クラシックの近代和声」については,
その本の段階に達する人は「上級者」である事から,或る意味,難しい本になります。

逆に「ジャズ和声」体系においては「モード(旋法)」や11th,13thというハイテンションは「基礎」に過ぎず,或る意味,「易しい」といえます。

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私は,自分が「ジャズ和声」のレッスンをしているから,お勧めする訳ではありませんが,
Tさんの場合,先に「ジャズ和声」を学ばれ,それで「近代和声の基礎」を習得され,
その後「クラシックの近代和声学」を学ばれれば好い,と考えます。

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ただし,これも我田引水になりますが,「ジャズ和声」なるものは,
ジャズ関係者の全てが理解というか技術や知識として有している訳ではなく,
「理論体系」として持ち,レッスンできる人はいうのは,案外に限られると思います。

ちなみに私自身は真に偉大なジャズ教育者であられた故塩沢修三先生の「鍵盤楽器のためのジャズ和声全四巻(音友社)」にて私淑し,未もって学ぶ者ですが,御著「鍵盤〜」こそは国際的にも偉業であるにも関わらず,出版元の音友社が「商売にならない」と絶版した事で先生の理論を「後世」に伝えにくくなった事や,先生の本の侭では一般の方には理解にしくい事を鑑み,塩沢理論を基にする「ジャズ和声」を教えている者に過ぎません。

しかし,体系化された「塩沢理論」を持たずして「ジャズ和声」を修得された方も少なくない反面,和声なしに「感性(?)」だけでデタラメな演奏をする方も残念ながら少なくない事も事実です。

そういえば,あるアマチュア・ジャズミュージシャンから「昔のジャズメンは音楽学校なぞ行ってない。感性のみで演奏したのだ!」とか「理論では音楽はできない!」などと真面目な顔で言われたので大笑いしてしまった記憶があります。

なるほどチャーリー・パーカーやセロニアス・モンクといった偉大なジャズメンは音楽学校なぞには行ってませんでしたが,彼等の音楽の「恐ろしく高度な音楽理論」については私なぞ未だに理解できません。彼等は別に「感性」のままに演奏した訳ではなく,ベートーヴェンやドビッシー同様に「既存の音楽を上回る音楽理論」を創造し,スタイルとして具現化して素晴らしい音楽を奏でました。

彼等は音楽学校に通い,「次元の低い音楽理論」を学ぶ代わりに,これは私には想像もできないような「過程」でクラシックやブルースやジャズから多くの事を学び,血のにじむように修練を経て,「音楽史を変える」凄い音楽を創造しました。

凡人は音大なぞに通おうが,例えばベートーヴェンの音楽から一つか二つしか吸収できませんが,彼等は100位吸収できたのでしょう。

「クラシックとジャズは異なる音楽だ!」という考えの方も少なくない反面,「音楽にジャズもクラシックない」という人もいます。

いつだったか「音楽には貴賎はない。だからクラシックもジャズも差別しない」という話を,あるクラシックの先生から頂き,憮然とさせられた事があります。

私自身は音楽には明確な「貴賎」があると考えていますが,それはクラシックかジャズのどちらが「貴い」という訳ではなく,ジャンルでなく各個人の音楽に「貴賎」があると考えます。

又,よく言われる「クラシックは楽譜に縛られるが,ジャズは自由に弾けていい」という話も全く信じていません。

長年,私はジャズに関わっていますが,「楽譜がない=即興をする」からジャズが「自由」だとも,逆に「楽譜がある」からクラシックが不自由とも考えていません。

ジャズといえども,デタラメ(山下洋輔氏のようなフリージャズは別に「デタラメ」ではない)な演奏や定型パターンを延々と弾くだけのアドリブなぞ聴いていたとても退屈です。

クラシックピアノ教材の「ハノン」の無意味な事,むしろ害が多い事は何度も書いた通りですが,
仮に「ハノン」が最良だとして,それにしても「ハノン」を延々と聴きたい人は皆無な筈ですが,
無意味な音の羅列や「定型パターン」のアドリブなぞ「ハノン」を聴かされるのと同じ位に退屈です。

対して素晴らしい即興演奏というものは,例えばカザルスが「バッハ/無伴奏チェロ組曲」を弾いたり,ジャン・ティボーとコルトーが「フランク/バイオリン・ソナタ」を演奏したように,
完全かつ深淵な音世界が創造されます。

つづく
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わお

こんにちは。

コードワークの書籍からは,オルタードスケールはリディアンモードとの親和性 (たとえば,Gオルタード=D♭リディアン)は指摘されていましたが,オルタードスケールをラベル音階というのは初めて知りました。

コードを独学していた当時は,オルタード単にモードの一つとしてしか考えられませんでしたが,改めてオルタードスケールを弾いてみると,確かに不安定でたゆたうようなラヴェル,そしてビル・エヴァンスを感じさせる旋律が思い出されます。

お教えいただいた情報,とても参考になりました。ありがとうございました(^^) 
by わお (2014-08-04 08:00) 

kf-jazzy

返信が遅くなり失礼しました。何やら色々なスケールを知っていると偉くなったような気がしますが、本当は長調と短調三つくらい知ってして、それを「変位」させていけばオルタネーションされた音階ができあがる訳ですね。但し、考えてみれば、そもそも長音階とか短音階というのも、ある種のオルタネーションの結果ではないか、という気がしてます。実はシェーンベルクの音楽が大好きなのですが、偉い先生の説では、あの12音階は「西洋合理主義によって導かれた」との事で、本音を明かせば「セイヨーゴーリシュギ」つて何の事やらよく分からないし、本当はその先生も分かっているとも思えないのですけど、僕が「不思議とユダヤ音楽の響きがなってますねぇ」と言うと、「うん、ブーレーズ指揮のウィーンフィルの演奏会を聴きにいくとシェーンベルクが調性音楽に聴こえた」と何となく意見の一致しました。何を言いたいのか、といえば、本来的には12音といいますか、最低12音があり、それを適当に(適切という意味ですが)に組み合わせてできたものが「音階」であり、長音階すらも、オルタネーションの結果ではないか、と思う次第です。ややこしい話ですいません。又、何かと折には論議しましょう!
by kf-jazzy (2015-05-28 23:06) 

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